AI推進をひとりで任された人が、最初にやるべきこと
「AI推進担当」に指名されたが、社内に相談相手も前例もない。この状態で最初にやるべきことを、AI推進担当の育成を契約の主語として複数社と伴走している立場から具体的に書きます。精神論ではなく、最初の90日の動き方・後回しにしていいこと・非エンジニアが実際にどこまで到達したかです。
ある日「AI推進、任せた」と言われる。ロードマップはない。前例もない。社内に「これで合ってる?」と聞ける人もいない。——この状態で走り出す人を、私たちは何人も見てきました。
この記事では、AI推進担当の育成を契約の主語として複数社と伴走している立場から、最初の90日の具体的な動き方を書きます。精神論ではありません。何を最初にやり、何を後回しにし、どこで外部を使うかの順番です。
この記事でわかること
- 情報は集まるのに手が動かない3つの理由
- 最初の90日でやること(と、その順番を守る理由)
- 90日間で後回しにしていいこと
- 非エンジニアが4ヶ月で社内システムを内製運用した実例
- 社外に壁打ち相手を作る方法と、採用で埋めようとすると何が起きるか
なぜ、情報は集まるのに手が動かないのか
AI推進担当に指名された人の多くは、勉強熱心です。ニュースを追い、記事を読み、ツールも実際に触っている。情報はいくらでも集まっている。それでも手が動かない。理由は3つあります。
自分の業務への「翻訳」ができない
他社事例はネット上にあふれています。しかし、「自社の場合、何をどの順でやるべきか」は、どこにも売っていません。これが最大の壁です。知識が足りないのではなく、自社の文脈に翻訳された答えが存在しない。だから情報をいくら集めても、着手できる形になりません。
実際に支援先の担当者からも、「他社事例の中で、うちで使えそうなものを教えてほしい」という相談が繰り返し寄せられます。欲しいのは事例そのものではなく、自社への翻訳なのです。
「正解が分からないまま進むのが怖い」
前例がないため、自分の判断が合っているかを確かめられません。「今やっているやり方は正しいのか」「もっといい方法があるのではないか」——この不安は、進めば進むほど強くなります。
厄介なのは、この不安が手を止める方向にしか働かないことです。確信が持てないから着手が遅れ、遅れるほど焦りが募り、さらに情報収集へと逃げてしまう。
上には「まだできていません」と言いづらい
推進役として指名された立場上、「分からない」と言いにくい構造があります。経営層は「任せた」と言った手前、進捗を期待している。しかし現場の実態は、何から手をつけるべきかで詰まっている。
この3つ目は、あとで重要になります。社内では解けない壁だからです。
最初の90日:この順番で動く
結論から書きます。全社展開から始めないこと。順番を間違えると、ほぼ確実に失速します。

最初の90日の進め方
| 時期 | やること | 到達点 |
|---|---|---|
| 1〜30日 | 自分の業務を1つ、完全に自動化する | 「動くもの」が1つ手元にある |
| 31〜60日 | 隣の1人に渡してみる | 他人が使える形になる |
| 61〜90日 | 「面倒な作業」を集める場を作る | 次の題材が自分以外から出てくる |
「まず、自分の業務を1つ完全に自動化する」
全社の課題を洗い出すより先に、まず自分の手を動かします。理由は3つあります。
- 説得材料になる — 動くものが1つあるだけで、会議での説明が一気に短くなります
- 詰まりどころが体で分かる — 他人に展開した際、どこでつまずくかを予測できます
- 自分の不安が消える — 「できた」という事実が、確かな判断基準になります
選ぶ業務のコツは、「毎週発生していて、誰がやっても同じ結果になる作業」です。定例資料の作成、請求書の発行、日報の集計あたりが典型例です。⚠️ やってはいけないのは、いきなり難易度の高いものを選ぶこと。最初の1つは「小さくて確実に終わるもの」にしてください。ここで失敗すると、心理的に後が続きません。
なぜ「完全に」なのか
8割の自動化では、残り2割を人が埋める必要があり、結局その作業は手元に残ります。「もう二度と手動でやらない」状態まで持っていって初めて、削減できた時間が可視化されます。中途半端に自動化したものは、説得材料にもなりません。
「隣の1人に渡してみる」
自分だけが使えるものは、組織の資産になりません。同じ部署の1人に使ってもらいます。ここで必ず問題が起きます。手順が伝わらない、エラーが出る、想定していなかった使い方をされる。これが本番です。全社展開の前にここを通過しておくと、後の失敗が激減します。
- 何をするツールか(1〜2行)
- どう動かすか(手順)
- 止まったら誰に言うか(あなたの名前)
渡すときに必要なものは、この3つだけです。立派なマニュアルは要りません。むしろ、この3つで足りない部分が、そのツールの設計上の弱点です。
「面倒な作業」を集める場を作る
ここまで来たら、初めて他人の業務に手を伸ばします。ポイントは「AIで何かできませんか」と聞かないこと。この聞き方では何も出てきません。聞くべきはこれです——「いま、面倒だと感じている作業は何ですか」。AIで解けるかどうかは、こちらで判断すればいい。現場に必要なのは「面倒」を言語化してもらうことだけです。
- 「DM発送先のリストアップ。出先で立ち寄れそうな、参画会社や過去にトライアル利用した会社のピックアップ」
- 「日々のルーティン作業を生成AIに指示して、うまく稼働しなかった時の修正対応」
実際にこの聞き方で出てきたのが、上の2件です。1つ目はそのままPoCの題材になります。2つ目のような「動かなくなったときに直せない」という声は、複数の会社で共通して挙がります。私たちが実施するアンケートでも、この設問は必須の記述式にしています。手を挙げにくい人の業務課題まで回収できるのが理由です。
90日間、後回しにしていいこと
やらないことを決めるのも仕事です。
最初の90日で、後回しにしていいもの
| 後回しにしていいもの | 理由 |
|---|---|
| 全社のAI活用方針の策定 | 実例が1つもない状態で作った方針は、机上の空論になります |
| ツールの網羅的な比較検討 | 1つ動かしてからの方が、比較軸が具体的になります |
| セキュリティ規程の全面整備 | 最初の1つは自分の業務なので、まず現行規程の範囲で動かせます |
| 全社研修の企画 | 教える中身は、自分が詰まった経験からしか作れません |
| ROIの精緻な試算 | 削減できた時間を1つ実測してからの方が、説得力が出ます |
| AI人材の採用計画 | 後述しますが、そもそも市場に人がいません |
共通しているのは、「1つ動かしてからの方が、質が上がる」という点です。順番の問題であって、不要という意味ではありません。
実際にどこまで行けるのか
期待値の目安として、実例を挙げます。私たちが伴走したある担当者は、まったくの非エンジニア(マーケティング職)でした。その方が約4ヶ月で、バックオフィス用の社内システムを内製し、運用できる状態まで到達しています。別の企業でも、Claude Code未経験からスタートした担当者が、約2ヶ月で自作のwebアプリを社内運用できる状態になりました。

重要なのは「作れる人」が生まれたこと以上のこと
どちらのケースでも本当に効いたのは、社内に「AIでここまでできる」という実例が生まれたことでした。他部署から「うちの業務もできる?」という声が出始めるのは、この段階からです。方針書を配っても起きませんが、動くものが1つあると起きます。
実例が1つあると、社内の反応が変わる
| 段階 | 社内の反応 |
|---|---|
| 方針・計画を配る | 「ふーん」で終わる |
| 自分の業務が1つ自動化される | 「それ、どうやったの?」 |
| 隣の人が使い始める | 「うちの部署でもできる?」 |
この順番でしか、組織は動きません。だから最初の30日を、自分の業務に使う価値があります。
社外に壁打ち相手を作る
冒頭に挙げた3つ目の壁(社内で相談しにくい)は、社内では解けません。構造上、推進役の立場では言えないことがあるからです。だから照合先を社外に作る必要があります。現実的な選択肢は3つです。
社外の壁打ち相手・3つの選択肢
| 選択肢 | 得られるもの | 注意点 |
|---|---|---|
| コミュニティ・勉強会 | 同じ立場の人の話。無料で始められる | 自社の文脈に翻訳した答えは出てこない |
| ツールベンダーのサポート | そのツールの正しい使い方 | 「そのツールを使う前提」の答えしか返らない |
| 第三者の伴走 | 自社の進め方が妥当かの検証 | 費用がかかる。相手の実績を見極める必要がある |
私たちがやっているのは3つ目です。商談の場で「御社にしかできないことは何ですか」と直球で聞かれたとき、こうお答えしています。
商談でお伝えしていること
大前提、自社の中で最新のテクノロジーを駆使して内製化していく動きをしている方に対しては、その通り進めていけばいい。私たちのようなコンサル会社に依頼する必要は特にないと思っています。とはいえ、やっていくと「今やってるやり方は正しいのか、もっといいベストプラクティスが実はあるんじゃないか」ということに、やりながら気づいていく・不安を感じるという方もいる。私たちは実在するVCに対して0からソリューションを企画して作った事例があるので、ある種1つのベストプラクティスを分かっている。データベース設計、To-Be像を描くところ、本当に上流のところで「今やっているのが正しいのかどうか」を第三者視点で批判的に見て議論できる。ここがまさに外注するメリットだと考えています。
求められているのは「代わりに作ってくれる人」ではなく、「事例を持った第三者として、検証してくれる人」でした。
継続支援で実際に渡しているもの(契約に書いている中身)
- 1Slackでの質問対応(平日10:00〜18:00)。既存システムの修正指示・エラー対応を含む
- 2軽微な改修作業の巻き取り — ただし「基本的にAI推進担当者の方が作業をしていただける環境を理想としています」という但し書きつき
- 3生成AIに関する最新情報の定期的な共有(聞かれたら答える、ではなく、こちらから届ける)
- 4他社事例(匿名化)・ベストプラクティス・失敗パターンの提供
2つ目の但し書きが方針そのものです。改修を巻き取るのは、担当者が自分でできるようになるまでの過渡的な引き受けであって、抱え続けるためではありません。
採用で埋めようとすると、何が起きるか
「AIで社内の課題を解決できる人材を採用したい」と考える会社は多いです。しかし、この道は思ったより険しいのが実情です。
AI推進担当を中途採用する場合
| 項目 | 実際 |
|---|---|
| 想定年収 | 600〜1,000万円+採用コスト |
| 立ち上がり期間 | 1〜2年 |
| 市場の状況 | 「AXが分かる人材」の市場自体が、まだ存在していない |
DX/AX部署を作っても、中途採用と育成に1〜2年のタイムラグが発生します。そしてそのタイムラグの間、AI活用は止まります。だから現実的な解は2つです。①社内の担当者を育てる、②育つまでの期間を外部で埋める。この2つは対立しません。むしろセットで設計するものです。
育成は、付帯サービスではなく契約の本体
私たちが複数社で契約の主語にしているのは①です。ある案件では、契約名称そのものが「社内AI活用推進者の育成&現状システム保守運用内製化のご支援」になっています。別の案件でも、研修のゴールを「社内のCRMシステムを、技術サポートを得ながら自分で完成できるようになる状態」と明文化しました。最終的に私たちが必要なくなる状態を目標に置いています。
ひとりで進めるためのチェックリスト
最初の90日、これだけ押さえれば形になります
- 1自分の業務を1つ選んだ(毎週発生・誰がやっても同じ結果になるもの)
- 2それを「完全に」自動化した(8割で止めない)
- 3削減できた時間を実測した(説得材料になります)
- 4隣の1人に渡した(3点セット:何をする/どう動かす/止まったら誰に言うか)
- 5他人に渡して詰まった箇所を記録した
- 6「面倒だと感じている作業」を聞く場を作った(「AIで何かできませんか」とは聞かない)
- 7集まった「面倒」を、実現可能性×インパクトで並べた
- 8全社方針・網羅的なツール比較・採用計画は、後回しにした
- 9社外に、進め方を検証してくれる相手を作った
最後の項目が、90日を走り切れるかどうかを分けます。
まとめ
AI推進をひとりで任された人がまずやるべきは、勉強でも計画作りでもありません。自分の業務を1つ、完全に終わらせることです。そこから隣の1人へ、そして「面倒」を集める場へ。順番はこれだけです。
情報が集まっても手が動かないのは、能力の問題ではありません。「うちの場合、何をどの順でやるのか」がどこにも売っていないからです。だから最初の1つを自分で作り、そこを起点に翻訳していくしかありません。
そして、ひとりで抱え込む必要はありません。社内で言えないことを言える相手を、社外に1つ作ってください。採用で埋めようとすると1〜2年かかりますが、進め方の検証だけなら今日からできます。
具体的な進め方は、AI活用ワークショップの選び方(何から手をつけるかを決める場の作り方)、社内AI勉強会を月1で続けている(続ける仕組み)、非エンジニア企業でClaude Code研修をやった実録(作れるようになるまでの道筋)にまとめています。作ったものの保守についてはAIで作った業務ツールは、半年後に誰が直すのかをどうぞ。
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