Airtableが社内規程で通らなかったときの選択肢──セルフホストは「無料」ではない
データの国内保存が必須、純正ツール以外は原則禁止。こうした要件でAirtableが使えない会社は実在します。実際にNocoDBを提案した経験から、通らない条件の見極め方・セルフホストの現実的なコスト・ライセンスの実際(「オープンソース」と一括りにできない)、そして私たち自身が「関与しない方がいい」と判断して降りた理由まで書きます。
Airtableは優れたツールですが、要件によっては最初から選べません。私たちも実案件で、社内規程の壁にぶつかって別の選択肢を提案したことがあります。
この記事は、Airtableの構築支援をしている立場から書く「Airtableが使えないときの話」です。実際に提案した代替案、そのときに見落としやすいコスト、そして私たち自身が「関与しない方がいい」と判断して降りた理由まで書きます。
この記事でわかること
- Airtableが構造的に通らない3つの条件と、規模ではなく何で決まるのか
- セルフホストを選ぶときの本当のコスト(ライセンス費以外の全部)
- NocoDB・Baserowのライセンスの実際(「オープンソース」と一括りにできない)
- そもそも移行しない・純正で組むという選択肢
- 代替を検討する前に確認すべき判断の順番
通らないのは、たいていこの3つ
この3つに該当すると、稟議の書き方を工夫しても通りません
| 条件 | なぜ通らないか |
|---|---|
| データの国内保存が必須 | Airtableに日本リージョンの提供はありません。データレジデンシーはEU・豪州のみで、しかも最上位のEnterprise Scaleプラン限定(詳細) |
| M365 / Google純正以外は原則禁止 | 情報システム部門の統制ルール。ツールの品質ではなく、管理対象を増やせないという理由 |
| 上位プランの予算がないのにSSO・監査ログが必須 | 管理機能は上位プラン限定。要件と予算が構造的に噛み合わない |
この3つに該当する場合、説得のコストをかけるより、別の道を検討した方が速いというのが実感です。
分かれ目は「会社の規模」ではない
よく「大手だから通らない」と言われますが、実態は違いました。私たちは上場企業のグループ子会社で導入が通ったケースと、金融機関系の投資会社で通らなかったケースの両方を経験しています。分岐条件は企業規模ではなく、セキュリティ部門が独立して審査するかどうかでした。情シスが「管理対象のツールを増やすか」を単独で判断する体制になっていると、ツールの優劣とは無関係に落ちます。逆に、事業側の判断でツールを選べる体制なら、グループ子会社でも通ります。
だから初回の商談では、セキュリティ要件(クラウド可否・セルフホスト要否)を先に聞くようにしています。ここが決まれば、その後の提案内容が構造的に決まるからです。3回目の打ち合わせで発覚すると、それまでの設計がすべて無駄になります。
早い段階で情シスに聞くべき5つ
- 1クラウドサービスは原則可か、原則禁止か(例外申請の有無も)
- 2データの国内保存は必須要件か、努力目標か
- 3SSO(シングルサインオン)は必須か
- 4監査ログの保存期間に規定はあるか
- 5新規SaaSの導入に、情シスの審査プロセスがあるか
最後の質問が一番効きます。審査プロセスが存在する会社では、現場の熱量だけでは進みません。
選択肢1:セルフホストできるノーコードDB(NocoDB / Baserow)
Airtableに近い操作感で、自社サーバーやクラウドに自前で構築できるノーコードデータベースがあります。代表的なのがNocoDBとBaserowです。データを完全に自社管理下に置けるので、国内保存要件もクリアできます。私たちも実際に、M365環境でAirtableが通らなかった案件でNocoDBを代替として提案しました。
まず、ライセンスを正確に把握する
誤解が多い部分なので先に書きます。この手のツールを「オープンソース」と一括りにするのは正確ではありません。社内で使う分にはどちらも問題なく使えますが、稟議や法務レビューで「OSSです」と説明すると、後で指摘を受ける可能性があります。特にNocoDBは、名称から受ける印象に反して商用利用に制約のあるライセンスです。
ライセンスの実際(2026年9月時点・各公式リポジトリの記載より)
| ツール | ライセンス | 実務上の意味 |
|---|---|---|
| NocoDB | Sustainable Use License | OSI認定のオープンソースではありません。自社の内部業務目的での利用・改変はOK。ただし第三者への有償提供や再販は不可 |
| Baserow | オープンコア(非premium/非enterprise機能はMIT) | コア部分はMITなので商用利用・私的利用とも可。ただしpremium・enterprise機能は別ライセンス |
実務上のポイントは1つです。法務レビューがある会社では、ライセンス条文を先に確認してもらう。「無料で使えるOSS」という説明で稟議を出すと、法務で止まって余計に時間がかかります。自社の内部利用に限るなら問題ないケースがほとんどですが、その前提を明示しておくべきです。
ライセンス費がゼロでも、無料ではない
ライセンス費はかからなくても、サーバー費・アップデート追従・バックアップ設計・障害対応が自社の仕事になります。月額のサーバー費だけを見て「Airtableより安い」と判断すると、運用工数を見落とします。

費目を並べると、移るのは「費用」ではなく「仕事」だと分かります
| 費目 | Airtable(クラウド) | セルフホスト |
|---|---|---|
| ライセンス / 月額 | ユーザー数×月額 | ゼロ(コア機能) |
| サーバー費 | 不要 | クラウドインスタンス+ストレージ |
| 初期構築 | アカウント発行のみ | サーバー構築・ドメイン・SSL証明書・DB設定 |
| アップデート | 自動 | 自分でバージョン追従(放置=脆弱性の放置) |
| バックアップ | 標準機能 | 設計・実行・復旧テストまで自前 |
| 障害対応 | ベンダー側 | 自社(深夜・休日含む) |
| 障害時の連絡先 | サポート窓口 | いない |
最後の行が実務では一番重くのしかかります。止まったときに電話できる相手がいないという状態を、組織として受け入れられるかどうかです。
特に見落とされるのがバージョンアップです。ソフトウェアは更新され続けます。更新を止めれば、既知の脆弱性を抱えたまま運用することになります。つまりセルフホストを選ぶということは、「社内に、このシステムを継続的に面倒見る人を置く」という意思決定です。ツールの選定ではなく、体制の意思決定だと考えた方が正確です。作った後に誰が直すのかという問題はAIで作った業務ツールは、半年後に誰が直すのかにも書きましたが、セルフホストではこれがより重い形で発生します。
セルフホストが向いているケース/向かないケース
| 条件 | |
|---|---|
| 向いている | ①情シスまたは開発チームにサーバー運用の担当者がいる ②すでに社内で他のOSSやコンテナ基盤を運用している ③国内保存・自社管理が絶対要件 ④長期利用が前提でユーザー数が多く、ライセンス費の削減効果が運用コストを上回る |
| 向かない | ①運用担当を置けない ②「とりあえず試したい」段階 ③ユーザー数が少なくライセンス費がもともと小さい ④社内に障害対応の体制がない |
②は特に重要です。検証段階でセルフホストを選ぶと、ツールの評価ではなくインフラ構築の評価になってしまいます。やりたいことが実現できるかを確かめたいなら、まずクラウド版の無料枠で試すべきです。
実際に私たちが「降りた」案件の話
代替案を提案した結果、私たち自身が「関与しない方がいい」と判断して降りた案件があります。ここも書いておきます。
金融機関系の投資会社の方から「真剣に考え始めたので、支援いただけるか相談させてほしい」という、これ以上ないほど明確な引き合いをいただきました。しかし論点はセキュリティで、M365環境・エンタープライズ要件のため、クラウドであるAirtableは通らない。そこでセルフホスト可能なNocoDBを代替として提案しました。
そのときお伝えしたこと
「それを構築して保守運用までしていくとなると、結構時間もかかると思いますし、そこに僕らがあまり関与しない方がいいんじゃないかと思っていて。一時的な情報のご共有だったり、使い方のアドバイスだったりみたいなことは、出せるバリューがあるんじゃないかな」——セルフホストの構築・保守を継続的に担える体制が私たちの側にない以上、請け負うべきではないと判断しました。受注できる話を、自分から情報提供だけに切り替えたということです。
この経験から、私たちは「構築は請けられなくても、要件定義だけは請ける」という進め方を用意しています。相手が「真剣に考え始めた」状態のとき、調査そのものに価値があるからです。要件を整理した成果物をお渡しすれば、それを持って他社に相談できます。自社で構築まで請けられないと分かっている案件でも、ここまでは提供できるという線引きです。
これは発注する側にとっても示唆があります。「うちではできません」と言う会社に、要件定義だけを有償で依頼するという進め方は成立します。自社に合う選択肢を絞り込む作業自体に、専門家の時間を使う価値があるからです。
選択肢2:純正ツールの範囲内で組む
「M365やGoogle純正以外は禁止」という制約なら、その範囲内でAI活用を設計するのが最短です。実際、SharePointリストやGoogleスプレッドシートを土台に、AIで入力・集計・レポートを自動化する構成は十分に作れます。
データベースとしての使い勝手はAirtableに劣ります。しかし「使えないツールの理想形」より「使えるツールの現実解」の方が価値がある場面は多くあります。稟議も通りやすく、情シスの負担も増えません。
純正縛りでも、できること・できないこと
| やりたいこと | 純正の範囲で | 備考 |
|---|---|---|
| 一覧・フィルタ・共有 | できる | SharePointリスト/スプレッドシート |
| 入力フォーム | できる | Microsoft Forms/Googleフォーム |
| 定型処理の自動化 | できる | Power Automate/Apps Script |
| AIによる要約・分類・下書き | できる | API連携またはCopilot/Gemini |
| リレーション(テーブル間の関連) | 苦手 | 表現はできるが運用負荷が上がる |
| 大量データでの快適な操作性 | 苦手 | 件数が増えるとUIが重い |
| 権限のきめ細かい制御 | できる | むしろ純正の方が既存の統制に乗せやすい |
「苦手」の2行がAirtableの強みと重なる部分です。逆に言えば、リレーションが複雑でなく、件数もそこまで多くないなら、純正で十分に成立します。
既存の統制に乗れる、という利点
見落とされがちなメリットがあります。純正ツールなら、アカウント管理・権限・監査ログが既存の仕組みにそのまま乗ります。新しいSaaSを1つ増やすと、退職者のアカウント棚卸し・権限レビュー・ログ保全といった運用が1系統増えます。情シスが渋る本当の理由はここにあることが多く、「管理対象を増やさない」という一点だけで純正が選ばれるケースは珍しくありません。
選択肢3:そもそも移行しない
見落とされがちですが、今の仕組みを残したまま、面倒な部分だけをAIで自動化するという手もあります。Excelでの管理を続けながら、入力・転記・集計だけをなくす。移行に伴う設計・データクレンジング・教育のコストが丸ごと不要になります。ツールを変えずに、作業だけを減らすわけです。
この選択肢が効く場面
- 困っているのが「管理方法」ではなく「作業量」のとき
- 現行の運用が、不便ではあるが回ってはいるとき
- 移行の稟議を通すコストが、得られる効果に見合わないとき
移行が目的化していないか、一度確認してください。判断材料はExcelからAirtableへ移行する全手順にまとめています。移行しない判断の基準も、あわせて書いています。
4つの選択肢を並べて比べる

判断軸ごとの比較
| Airtable(クラウド) | セルフホスト(NocoDB等) | 純正の範囲で組む | 移行しない | |
|---|---|---|---|---|
| 国内保存 | ✕ 日本リージョンなし | ○ 完全に自社管理 | ○ 既存契約に準拠 | ○ 現状のまま |
| 情シス審査 | 新規SaaSとして審査対象 | サーバー構築の審査 | 審査がほぼ不要 | 不要 |
| 初期費用 | ほぼゼロ | 構築工数が発生 | 小 | ゼロ |
| 運用の担い手 | ベンダー | 自社(必須) | 既存の情シス | 現行のまま |
| 使い勝手 | ◎ | ○ | △ | 現状維持 |
| 導入の速さ | ◎ 即日 | △ 数週間〜 | ○ | ◎ |
| 向いている状況 | 規程の制約がない | 国内保存必須+運用要員あり | 純正縛り | 作業量だけが問題 |
「導入の速さ」と「運用の担い手」の2行を先に見ることをおすすめします。ここで現実的に選べない選択肢が、たいてい1〜2個消えます。
判断の順番
この順で確認すると、選択肢が絞れます。逆順でやると手戻りします。
1から順に確認してください
- 1クラウド利用が規程上可能かを情シスに確認する(ここがNGなら、Airtableの検討は終了)
- 2国内保存が必須要件か、努力目標かを確認する(努力目標なら交渉余地がある)
- 3セルフホストを運用できる人が社内にいるかを確認する(いなければ選択肢から外す)
- 4そもそも移行が必要かを問い直す(作業量が問題なら、移行せず自動化で足りる)
- 5純正の範囲で要件を満たせるかを検討する(満たせるなら、これが最も抵抗が少ない)
1から順に確認するのが重要です。3で「運用できる人がいない」と判明した時点で、セルフホストは検討対象から外れます。そこに気づかずに構成を設計すると、その作業はすべて無駄になります。
稟議を出す前のチェックリスト
- 1情シスにクラウド可否を口頭でも先に確認した
- 2国内保存要件が必須か努力目標かを言葉で確認した
- 3SSO・監査ログの要件と、必要なプランの価格を突き合わせた
- 4セルフホストを選ぶなら、運用担当者の名前が決まっている
- 5セルフホストを選ぶなら、ライセンス条文を法務に確認した
- 6「移行しない」案と比較した上で、移行する理由を言語化できる
- 73年間の総額で比較した(稟議・情シス承認を通す方法の3年TCOの作り方を参照)
まとめ
私たちはAirtableの構築支援をしていますが、要件が合わない会社にAirtableを勧めることはありません。国内保存が必須ならセルフホストか純正の範囲内、運用担当がいないならセルフホストは選べない、作業量だけが問題なら移行しなくていい——制約から逆算すると、選ぶべき道はかなり絞られます。
そして、セルフホストは「無料」ではありません。ライセンス費がゼロになる代わりに、アップデート追従・バックアップ・障害対応という仕事が自社に移るだけです。しかもNocoDBのように、名称から受ける印象とは違って商用利用に制約のあるライセンスもあります。
判断を早くするコツは1つです。情シスに「クラウドは使えますか」と先に聞くこと。ここが決まれば、残りの選択肢は自動的に絞られます。
記載時点について
ライセンスおよびプラン条件は2026年9月時点の各公式情報にもとづきます。ライセンス条文・提供リージョン・プラン別機能は変更される可能性があるため、稟議資料や法務レビューに使う際は、必ず各公式の最新情報をご確認ください。
他の記事